~宮城県塩竃市
宮城県の地名由来⑴「宮」編~
みなさんこんにちは。
リンスタ社会科担当の白井です。
日本には、都道府県名よりも県庁所在地名の方が広く知られているというところがいくつか存在します。
例えば、石川県に旅行に行くというときには、「金沢に行く」という人のほうが「石川県に行く」という人よりも多いのではないでしょうか。金沢市は石川県の経済、文化、交通の中心地として発展し、「加賀百万石」というブランドと結びついている人気観光都市ですからね。
同じような例として挙げられるのが宮城県でしょう。県庁所在地の仙台市は「杜の都」というブランドと結びついた大都市です。仙台については、以前のブログ(宮城県仙台市ほか どこまでが仙台?編)で紹介していますので、今回は「宮城」にスポットを当ててみようと思います。
宮城という地名の由来については諸説あるようですが、その1つに「宮」は神社、「城」はそのまま城のことを表しており、この2つがあった場所だから宮城となったというものがあります。そこで、今回はその「宮」と「城」をそれぞれ訪ねてみることにしました。

まずは「宮」ですが、これは塩竃市にある鹽竈神社を指しているのだそうです。まずはこちらを訪ねることにして、仙台駅からJR仙石線の電車に乗り込みました。およそ30分で最寄り駅である本塩釜駅に到着。ここから散策を始めます。
ところで、ここまでの文章で「しおがま」の文字が3種類出てきたことに気づいたでしょうか。もちろん、もともとの表記は、神社に使用されている「鹽竈」です。でもこの漢字、めちゃくちゃ難しいですよね。「鹽」は「塩」の旧字体で、現在はほとんど使われることはないようです。「竈」も画数の多い文字ですが、市の名前に使われています。これには次のような理由があるようです。
鹽竈神社に祀られているのは「鹽土老翁神」で、人々に海水から塩をつくることを教えてくれた神様なのだそうです。海水を煮詰めるときに使うのが火をくべる「竈」で、塩づくりには欠かせないものです。これを「釜」にしてしまうとご飯を炊く調理器具になってしまうことから、塩竃市ではあえてこの難しい漢字を使って市の歴史と伝統を表しているのだそうです。ただ、やはりこの字を書くのは骨が折れますので、一般的には書きやすい「釜」の字に置き換えるようになり、駅の名にはこの文字を使っているのです。

本塩釜駅を出て駅前の大きな通りを西に進みます。通り沿いには、下の写真のような歴史を感じさせる建物もあり、古くから栄えている場所だということを想像させます。
ちなみに、この建物は江戸時代から味噌や醤油の醸造をしている店で、建物自体は昭和初期に建てられたものだそうです。宮城といえば、日本三大味噌の1つとして知られる仙台味噌でも有名ですからね。お店のホームページを見てみたところ、味噌や醤油だけでなくジェラートも販売しているそうです。そして、そのジェラートの味は醤油・味噌・塩の3種類があるのだとか…。なんだかラーメンみたいですよね(笑) ちょっと興味はあったのですが、あいにくこの日はお店自体が定休日でした。
また、事前に申し込みをしておけば、醤油づくりの見学などもできるようですね。見学者への注意事項として「見学2日前から納豆の飲食をしないようにお願いします」と書かれているのですが、納豆菌は非常に強い菌であるため、醤油や味噌をつくるための菌の働きを邪魔してしまうのだそうです。

店の前には「芭蕉船出の地」と書いたモニュメントがありました。鹽竈神社を参拝した松尾芭蕉が、ここから船に乗り込んで松島に向かったのだそうです。そのころはこのあたりが海岸線だったということでしょうね。
松尾芭蕉と松島というと「松島や ああ松島や 松島や」という句が知られています。松島の絶景を前にして感動した芭蕉が、あまりの美しさに句が浮かばなかったとされるエピソードなのですが、この句は芭蕉自身の作ではないというのが定説になっています。ただ、芭蕉が松島の風景に感動したのは事実のようですね。松島を目の前にして「言葉では言い表せない」と句を詠まなかったため、『奥の細道』には芭蕉が詠んだ松島の句は載っていないそうです。
しばらく進むと、右手に鳥居が見えてきました。ここからが鹽竈神社の東参道になります。鳥居をくぐって参道に入ると、間もなく階段に差し掛かります。階段といっても一直線に上る急なものではなく、石畳の道と石段が組み合わさった緩やかな上りは、それほどきついものではありません。木々に覆われた坂道を進んでいくにつれ、少しずつ町の喧騒が消えて静謐な空気となっていくようで、神域が近いことを感じさせます。5~6分ほど坂道を進むと、目の前に石造りの鳥居が見えてきたのですが、右のほうには赤い鳥居も確認できます。石造りの鳥居には「鹽竈神社」と書いてありますが、赤い鳥居も同じ鹽竈神社のものなのでしょうか? 近づいてみたところ、鳥居に掲げられた額には「志波彦神社」と書いてありました。どうやら、ここには2つの神社があるようですね。

志波彦神社に祀られているのは〝志波彦神〟という農耕守護、国土開発、殖産興業の神様で、古くから地域の発展と繁栄を願う人々の信仰を集めてきたのだそうです。でも、なんで2つの神社が隣り合うようにあるんでしょうね?
実は、志波彦神社はもともと別の場所にありました。国府に近い街道沿いにあり、古くから重要な神社として朝廷からも厚い信仰を受けていたそうです。古代には栄えていた志波彦神社でしたが、中世以降は衰退して社殿や境内も荒廃してしまいました。
明治時代になると神社の格式が見直され、志波彦神社は再び重要な神社として位置づけられました。しかし、荒廃した姿ではその格式を保つことが難しく、同じように東北地方における重要な神社で、広い敷地のあった鹽竈神社の近くに移転させることにしたのだそうです。東北地方において高い格式を持つ二つの神社を同じ境内に並んで鎮座させることで、一体となって東北鎮護の中心的役割を担うという狙いもありました。この地に並んだ二つの神社こそ、まさに宮城の「宮」の由来になっているものなのです。
志波彦神社の参拝を済ませて道を引き返すと、先ほどの鳥居の先に海が見えることに気づきました。この日はあまり天気が良くなかったのですが、晴れた日は絶景を見られるのかもしれないですね。松島は遊覧船に乗ってみるのも良いですが、こうして高い位置から眺める風景のほうが魅力を感じます。あくまでも個人の感想ですけどね…。
さて、今度は石の鳥居をくぐって鹽竈神社に向かいます。
鳥居の先には階段があり、その先に朱塗りの門が見えてきました。門をくぐってしばらく進むと、左側には立派な楼門、右側には社殿の入り口となる唐門があります。唐門から入って正面にあるのが、下の写真の拝殿で、左に武甕槌神、右に経津主神が祀られています。鹽竈神社の伝承によると、先ほど紹介した鹽土老翁神が、武甕槌神と経津主神を東北地方に導き、この地を鎮めるために祀ったとされています。武甕槌神と経津主神は、ともに武神として知られる神です。おそらく、大和朝廷が東北地方を平定するときの拠点が、このあたりにあったのだということでしょうね。
武神である武甕槌神と経津主神が祀られていることから、仙台藩を治めた伊達家も鹽竈神社を大切にしていたようです。歴代の仙台藩主は、神社の最高責任者である「大神主」となっていましたし、現在の社殿も伊達家によって造営されたものです。「伊達者」という言葉もあるように、藩祖の政宗は派手でおしゃれなイメージのある武将です。その政宗の血を引く伊達家によって造営されたので、社殿や門などが雄大で華やかなものになっているのかもしれませんね。もちろん、伊達家にとっては単なる信仰心だけではないでしょう。格式のある神社の権威を利用することで、藩主の支配を神の加護を受けたものとして正当化するという目的もあったではないでしょうか。

この日は日曜日だったこともあり、上の写真のように晴れ着を着た七五三の子どもたちがたくさんいました。実はこの鹽竈神社、私は幼いころに訪れたことがあるんです。…とはいってもまったく記憶にはないんですが、我が家にある古いアルバムには、狛犬を見上げる私の姿が写った写真があります。この写真は1~2歳のころのもので、父親が撮ってくれたのですが、何かのコンクールで賞をもらったとか…。たぶんモデルが良かったんでしょうね (^_^)v
可愛らしい子どもたちの姿に癒されながら参拝を済ませ、鹽竈神社を後にすることにしました。 来るときには本塩釜駅から東参道を通ってきたので、今度は表参道を通って塩釜駅に向かいます。この後の予定を考えると、仙石線よりも東北本線を使ったほうが、都合が良いのです。塩釜から松島のあたりでは、東北本線と仙石線はほぼ並行するような形で通っています。今は両方ともJRの路線ですが、仙石線はもともと宮城電気鉄道という私鉄の路線として開通しました。先に開通したのは仙石線のほうでしたが、その後、東北本線が勾配の少ないルートに変更される際、仙石線に絡むようにして線路が建設されたのです。そのころは、松島への観光輸送を巡って熾烈な競争もあったのでしょうね。
さて、鹽竈神社の表参道といえば、下の写真の長い石段が有名です。「男坂」とも呼ばれるこの石段は202段あって、なかなかの急勾配になっています。

こういう階段って上りのほうがきつそうに思えますよね。今回は下りのみだったのですが、この下りが意外に厳しい道のりでした。まず、階段の段が不揃いなんです。雨上がりということもあって、油断すると滑ってしまいそうです。一段一段慎重に足元を見ながらゆっくりと下りて行ったのですが、下についたときには膝が少しガクガクしていました。
ここから左に進むと先ほどの東参道の鳥居に着くのですが、私は右に進んでいきます。上り坂の先の交差点を左に折れ、住宅地を15分ほど歩くと塩釜駅が見えてきます。ここから電車に乗って移動し、宮城の「城」に行くのですが、それは次回のブログで。
「?」はきっとそこにある
「?」を知ればおもしろい!
みなさんも、身近な「?」を見つけて楽しんでみてください。
