白井亨(しらいとおる)

~福井県坂井市 最古ではなかったけど…編~

2024.05.10

みなさんこんにちは。
リンスタ社会科担当の白井です。

松本城のことを書いた以前のブログで現存12天守のことを紹介しました。もう一度紹介しておくと、弘前城、松本城、丸岡城、犬山城、彦根城、姫路城、松江城、備中松山城、丸亀城、松山城、宇和島城、高知城の12の城のことでした。ほとんどの城はその城名から所在地がわかると思いますが、このなかで多くの人が「これってどこ?」と思ったのは丸岡城だと思います。城好きでもない限り、この城がどこにあるかを即答できる人は少ないでしょうね。

丸岡城があるのは福井県坂井市…といっても坂井市の存在もそれほどよく知られているわけではないでしょう。同じ読みでも大阪府の堺市は有名ですけどね。
坂井市は、2006年に坂井町、春江町、丸岡町、三国町が合併してできた、人口約8万7000人の比較的新しい市です。景勝地として知られる〝東尋坊〟があるところと言えばわかってもらえるでしょうかね。

さて、ここまでの紹介ではなんとなく地味な印象の丸岡城ですが、かつては日本最古の天守を持つ城として知られていました。下の写真を見ても、かなり古そうな建物であることは伝わると思います。この城が築城されたのは1576年のことです。1576年といえば、織田信長が安土城の築城を始めた年です。現在は安土城の姿を見ることはできませんが、復元した模型やイラストからその豪華絢爛で巨大な姿がわかります。丸岡城は、そんな安土城と同時代の城とは思えないくらい質素な雰囲気ですよね。

さて、信長から織田軍の北陸方面司令官に任命されたのが柴田勝家でした。勝家は、現在の福井市にあった北ノ庄城を拠点として、加賀国・能登国(現在の石川県)や越中国(現在の富山県)方面の平定に乗り出します。しかし、北にはあの上杉謙信がおり、北陸地方は一向一揆のさかんな地域でもありました。勝家としては、北への警戒を強める必要があります。丸岡城は、柴田軍が北へ進軍する際の拠点、あるいは北ノ庄城の北の備えとして、勝家の甥にあたる柴田勝豊という人物によって築かれたのです。下の写真は天守から西の方向を見たものですが、小高い丘の上にある城からは福井平野の広い範囲が見渡せることがわかります。敵の動きもよく見えたことでしょう。

丸岡城の天守は、その構造などから1576年の築城当時に建てられたと考えられていました。関ヶ原の戦いのあった1600年よりも前に建てられていたのは、丸岡城の他には松本城(1593年ごろ)だけなので、それ以前の建設になる丸岡城が日本最古の天守とされていたのです。
ところが、2019年に坂井市の依頼によっておこなわれた調査の結果、江戸時代の寛永年間(16241644年)ということがわかり、丸岡城天守は日本最古ではなくなってしまったのです。どうやらこの時期、坂井市は丸岡城の国宝化を目指していたそうです。詳細な調査も、最古であることが確認できることを期待しておこなわれたのでしょうね。最古でないとわかった地元の人たちは、さぞがっかりしたことでしょう。

でも、最古でなくなったからといってこの城の価値が損なわれるわけではありません。まずはその外観です。武骨な石垣や天守へ続く階段、素材として使われている板の感じを見ても、最古の雰囲気を強く感じます。とても立派な松本城や姫路城よりも、むしろ古さを感じさせる佇まいです。
城の内部にも古さを感じさせるものが数多くあります。下の写真を見てください。これは、2層目から3層目に上がるための階段ですが、こんな急な階段はあまり見たことがありません。高いところが苦手というわけではないのですが、下りるときなどは少々恐さを感じるくらいでした。

昔の武士たちは、こんな階段を毎日何度も上り下りしていたんでしょうかね。もし鎧など着ていたら大変でしょうね。腰に差した刀も階段につっかえそうです(笑)

また、この城の屋根にも特徴があります。下の写真を見てください。屋根を飾っているのは普通の瓦ではなく、石を加工して作られた〝石瓦〟なのです。この屋根の色合いも、丸岡城の独特の雰囲気を醸し出すものの1つだと思います。

この瓦の素材となっているのは笏谷石(しゃくだにいし)という石で、福井市にある足羽山というところで採掘されるのだそうです。この石瓦は北ノ庄城にも用いられていました。普通の瓦ではなく笏谷石が用いられているのはこの地域の気候に関係があります。雪が多く降るこの地域では、土を焼いてつくった普通の瓦は寒暖差で割れてしまうのだそうです。こんなところにも雪国の知恵があるんですね。

さて、丸岡城を訪問するには北陸新幹線の芦原温泉駅からバスを利用します。私も往路はそのルートを使ったのですが、帰りも同じルートを使うのがなんだか残念な気がしてきました。地図を見ていると、少し離れたところに丸岡駅という駅があることを知り、せっかくなのでここまで歩いて向かうことにしたのです。

丸岡城から丸岡駅まではおよそ4㎞、およそ1時間の道のりでした。丸岡城周辺の市街地を抜けて国道8号線を過ぎると、周りの景色は広い田んぼになりました。おそらく丸岡の中心部は城の周辺になるのでしょう。それなのに4㎞も離れた場所にあって住所も丸岡ではない駅が、なぜ丸岡を名乗っているんでしょうかね?

1968年まで、丸岡駅からは京福電気鉄道丸岡線(開業時は丸岡鉄道)という鉄道が出ており、丸岡の中心部とを結んでいました。丸岡町の中心部に近い本丸岡駅があったところは、現在は丸岡バスターミナルとなっていて、この地域の交通の拠点となっています。丸岡駅はもともと国鉄北陸本線の駅です。北陸本線は関西地方と北陸地方を結ぶ大動脈でした。町の中心部を北陸本線が通らなかったことで、玄関口となるこの駅に丸岡の名を付けたのでしょう。鉄道が通っていたころは乗り換えをする利用客で賑わっていたかもしれませんが、1時間かけてたどり着いた現在の丸岡駅は、駅前にわずかに商店があるだけの静かな駅でした。

丸岡駅を利用して丸岡城に行くというのはあまり現実的な手段とは言えませんが、芦原温泉駅からならば東尋坊方面に行くバスも、丸岡城を経由して永平寺に行くバスも出ています。東尋坊と永平寺という福井県の有名観光地の途中にある丸岡城を素通りする観光客も少なくないかもしれません。実は、私も何年か前に永平寺から東尋坊に向かうバスの中から丸岡城の天守を眺めたということがありました。そのときから「いつかは行きたい」と思っていたのがようやく実現したのです。北陸新幹線の延伸によって行きやすくなった福井県を訪ねた際にはぜひ立ち寄って、あの急な階段を体感してみてください。特に、桜の咲く時期にはとても美しい姿が見られるそうですよ。

「?」はきっとそこにある
「?」を知ればおもしろい!
みなさんも、身近な「?」を見つけて楽しんでみてください。

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