合格体験談
難関校に合格した
先輩たちの声
合格者の声
まずは第一志望の麻布中合格、本当におめでとうございます!中学受験への挑戦は、どのように始まったのでしょうか?
ありがとうございます!受験を意識したのは 4 年生の時で、最初は母に勧められるがままに地元の栄光ゼミナール武蔵境校に通い始めました。正直、当時は「偏差値の高い学校に行ってモテたい」という、ちょっと不純な動機でした(笑)。5 年生になるタイミングで家庭の用事で韓国へ引っ越すことになり、そこで僕の受験環境はガラッと変わりました。
海外からの受験準備ということで、不安も大きかったのではないですか?
そうですね。韓国のインターナショナルスクールに通い始めたのですが、最初は英語があまり得意ではなく、友達も少なくて。そんな孤独な環境の中で、オンラインで日本の授業が受けられる「リンスタ」は、僕にとって単なる塾以上の、大切な「心のよりどころ」になっていきました。
オンライン授業でのクラスメイトとの出会いはどうでしたか?
最初、難関クラスに入った時は「みんな怖そうな顔してるな、意地悪されたらどうしよう」って、画面越しにガチガチに緊張していました。でも、実際は全然違って。みんな明るくて楽しいし、何より「競い合える存在」でした。韓国には中学受験をする仲間が周りにいなかったので、画面の向こうで頑張っているみんなの姿が、モチベーションを保つ唯一の原動力でした。
受験勉強の中で、特に印象に残っているのはどんなことですか?
6 年生の夏の「栄光の森」ですね。最後の日にテストがあって、あの時は「絶対に 1 位を取る!」と決めて、1 日 10 時間以上、限界まで勉強しました。結果は惜しくも総合 2 位でしたが、算数などで上位に食い込めたのは自信になりました。ただ、そこで全力を出し切りすぎて、秋に「燃え尽き症候群」になってしまって……。
その期間はどうやって乗り越えたのでしょう?
しばらくは本当にやる気が出なくて、勉強が辛かったです。でも、「ここでやめたら今までの努力が全部無駄になる。受験するならやるしかない」と、最後は開き直りに近い気持ちで机に向かいました。特定のきっかけがあったわけではないですが、自分の中で「合格したい」という火を消さないように、無理やりでも食らいついていった感じですね。
苦手科目だった社会や国語の対策はどうしていましたか?
社会は知識こそありましたが、麻布特有の「知識を繋ぎ合わせて書く記述問題」が苦手で。白井先生からヒントをもらい、答えをすぐ見ずに「解き直し」を繰り返すことで、苦手を克服していきました。国語は最初、時間内に文章を読み切ることすらできませんでした。でも、アドバイスをもらいながら、過去問を実施するたびに Comiru で先生に送って、解きなおしをサポートしてもらっていました。最後には得点源にすることができて、僕は嬉しかったし、母はびっくりしていました。
安くんの入試はみんなより一足早く帰国入試からでしたね。
海城中の帰国入試は面接があったのでとても緊張しました。1 分間のスピーチや面接での受け答えなど、事前に先生たちとしっかり準備していたので、緊張したけど、しっかり話すことができました。結果も合格でとても嬉しかったのを覚えています。
そして迎えた 2 月 1 日の入試本番。当日の様子を教えてください。
麻布中の入試は人生で一番緊張しました!寒さと緊張で試験中に足がしびれて感覚がなくなりました……。国語はいつも通りできたのですが、特に算数が難しくて、「解き終わらない、どうしよう」とパニックになりかけました。試験が終わった瞬間は「絶対落ちた」と思い込んでしまい、母の前でしくしく泣きながら午後の併願校に向かいました。
合格発表を見に行くときは、どんな心境だったのですか?
実は、2 月 1 日の夜も 2 日の夜も「もうダメだ」と思って泣いていたんです。併願校の結果も芳しくなかったので、麻布も受かっているはずがないと思っていました。3 日の発表も「落ちているのを見に行くのは嫌だ」と拒否したのですが、「たとえ不合格だったとしてもその悔しさもきっとあなたにとっていい経験になるから会場まで見に行った方がいいよ」と言われて。最後は「どうせなら自分で確かめてやろう」という覚悟で行きました。
掲示板に自分の番号を見つけた時の気持ちは?
信じられませんでした!最初に「あ、ある」と思って、そこからじわじわと実感が湧いてきて。嬉しさと安心感がありました。隣で母が感動して泣いているのを見て、ようやく「僕の受験は終わったんだ」と思えました。
支えてくれたお母様、そして応援してくれたお父様にメッセージはありますか?
父は経済的にも精神的にも支えてくれました。母は、僕が反抗期でイライラしている時も、社会の問題を出してくれたり、最後まで寄り添ってくれました。面と向かって言うのは恥ずかしいんですけど、二人のサポートがなければ今の僕はありません。本当に感謝しています。
最後に、リンスタで頑張る後輩たちへアドバイスをお願いします!
リンスタの授業は本当に質が高いです。先生方を信じて、出された課題や解き直しを一つひとつ丁寧にこなしていけば、必ず最難関レベルの力がつきます。最後まで諦めずに、リンスタの授業をとにかく楽しんで突き進んでください!
保護者の声
■ 「やるしかない」状況で始まった、海外からのオンライン受講
凪紀くん、第一志望の麻布中学校合格、本当におめでとうございます!韓国からの受講、しかもインターナショナルスクールに通いながらの受験ということで、並々ならぬご苦労があったかと思います。まずはリンスタに入塾されたきっかけから教えてください。
ありがとうございます。当時はちょうど韓国へ転居するタイミングで、体験授業を受ける余裕もないまま「もうオンラインでやるしかない」という状況で飛び込みました。オンラインで本当に成績が上がるのか、授業をちゃんと受けられるのか……。全くわからないことだらけで、最初は心配しかありませんでしたね。
実際に授業が始まって、その不安はどう変わりましたか?
最初の 1 週間、映像授業が「撮りたて」だったり、オンライン双方向授業でチャットを使ってその場で答えたりするのを見て、「すごい!工夫されているんだな」と新鮮に感じました。凪紀はノートを取るのにすごく時間がかかるタイプで、特に量の多い社会は大変そうでしたが、映像授業は説明を聞いて、一時停止をして、ノートを書いてと頑張って追いつこうとしていました。自分の合うタイミングで場所を選ばず、時にはカフェや旅行先からでも受講できたのは、海外在住の私たちには大きなメリットでした。
■ 相談相手がいない孤独。「検索の鬼」になって模索した日々
周りに中学受験をする方がいない環境での孤独感については、いかがでしたか?
韓国に日本人は住んでいますが、中学受験をする方は全くいませんでした。みんな現地の公立中か、そのままインターナショナルスクールに上がる子ばかり。「日本に戻って受験する」と言うと、全く話が通じないんです。主人も日本の中学受験に詳しいわけではなく、相談できる相手が本当にいなかった。
その状況で、どうやって情報を集めていたのでしょう。
自分で「検索の鬼」と呼ぶくらい、ネットでいろんな方の体験談を調べ尽くしました。でも、調べても「うちの子にとっての正解」は見つからない。自分の中で「これがいいかな」と模索しながら進むしかありませんでした。
成績の浮き沈みに向き合うのも大変なエネルギーが必要だったかと思います。
テストの種類が変わると出題形式も変わるので、偏差値がガーンと下がってしまうときもあって。「どれが普通なの?」と、成績表を見るのが嫌になる時期もありました。先生に「大丈夫ですよ」と言われても、「本当かな……」と半信半疑だったり(笑)。でも、本当の意味で海外にいながら国語の力を伸ばせたのも、リンスタのクラスメイトと切磋琢磨できたのも、この環境があったからこそ。韓国での生活が大変だった凪紀にとって、リンスタは唯一の「心のよりどころ」だったんだと思います。
■ 入試当日の号泣、そして「落ちた」の一言から始まった苦闘
迎えた 2 月 1 日。麻布の入試へ向かう凪紀くんを送り出した時、お母様はどのようなお気持ちでしたか?
もう、勝手に涙が出てきちゃって……。ネットがあって「ここからは子供しか入れません」という境界線の向こうへ、一人で向かう息子の背中をずっと見ているしかなかった。3 年間、必死に頑張ってきた姿を思い出して、しばらくその場に立ち尽くしてしまいました。
ですが、初日の手応えはかなり厳しいものだったようですね。
試験が終わって出てきた凪紀は、本当に真っ暗な顔をしていて。開口一番、「落ちた」って言ったんです。晴れやかな顔をして出てくる周りのお子さんたちの中で、うちの子だけが暗い顔をしていて……。その夜は布団に入ってから、凪紀はずっと泣いていました。
■ ただあてもなく歩き続けるしかなかった合格発表までの日々
2 月 1 日の夜から、合格発表までの 3 日間。お二人でずっと歩かれていたとお聞きしました。
はい。1 日の麻布中の入試が終わったときに 1 日の午後入試も 2 日の入試も「辛いなら受けなくてもいいよ」と伝えたんですが、泣きながら「受験する」と言ったので、試験場へ向かわせました。合否を待つ間、私はもう生きた心地がしなかったんです。じっとしていると、悪いことばかり考えてしまう。だから、とにかく 2 人で歩きました。
バスや電車を使わずに、ただひたすら歩かれたのですね。
はい。病院へ行く予定があったのですが、普段ならバスで行く距離も、2 人でただ歩きました。1 日 2 万歩。自分でもどうしてあんなに歩いたのか分かりません。ただ歩いていないと、気持ちが落ち着かなかったんです。
2 万歩……。その道中、凪紀くんとはどんなお話をされたのですか?
「落ちるっていうことが、本当にあるんだね」って、泣きながら、話をしながら歩き続けました。私の目から見ても、凪紀はこれ以上ないほど頑張ってきました。だからこそ、「たとえ麻布中が不合格だったとしても、お母さんから合格を凪紀にあげたい」って……。本気でそう思いました。何もしてあげられない自分がもどかしくて、ただ一緒に歩いてあげることしかできませんでした。
■ 「逃げ出したかった」発表当日。恵比寿から学校への 30 分
3 日の合格発表当日。その日もやはり歩かれたそうですね。
私はもう、怖くて逃げ出したかった。先生に「現地に見に行ったほうがいい。不合格でもその悔しさを味わうことも大切だ」と言われて、「なんて酷なことを言うんだ。先生が一緒に見に行ってあげてくれればいいのに!」と思いました(笑)。でも本人が「行く」と言うので、恵比寿の駅から学校まで、30 分かけて歩きました。どんな顔をして掲示板を見ればいいのか、もし番号がなかったらどうやってこの子を連れて帰ればいいのか……。かわいそうで、切なくて。到着すると、前の方から「わーっ!」という歓声が聞こえてくるのが本当に怖くて、体が震えました。でも、番号の前まで進んだ時、凪紀が先に「あった!」って見つけてくれたんです。
その瞬間のことは覚えていますか?
驚き、実感、それからようやく、嬉しい……。2 人で顔を見合わせて「あったね!」って。あんなに暗い顔で、泣きながら 2 万歩も歩き続けたあの日々が、この一瞬で報われたんだと感じました。先生が「彼の成績は必ず上がりますから」と仰っていたのを、ようやく心から信じられた瞬間でした。
素敵なエピソードを誠にありがとうございました!